結婚 再婚について
結婚について

男の古さ、女の古さ、家庭は自己発揮の場所

男の古さ、女の古さ

男性は、\'結婚について事務的な考えを強くもっているようです。結婚は本来ロマンチックなものではなく、現実にしっかりと根をおろさなければならないものですが、男性は現実的というのではなく事務的なのです。結婚なんて人生のいくつかの関所をくぐるための通行証だ、ぐらいにしか考えない人が多いのです。それは、\"結婚したほうが便利だから\"とか、\"結婚すると社会的信用がつくから\"そして二人でのほうが、関所を通りやすいし、条件がよいから、という古い考え方が世間一般にあったからでしょう。一方、女性は、さっきの身の上相談のように、結婚を、一階から二階の見晴しのよいところへ一ぺんに飛び上がることだと思いがちでした。これも、女の甘さの罪だけではないと思います。家中心の結婚生活では、嫁の立場はとてもつらいものでしたから、\"つらいよ\"などとはじめから教えてしまっては、娘はお嫁にいきはしない。それでは困りますから、\"嫁にいくことはすばらしいことなのよ\"とあらぬ夢をもたせて、送り込んだという大人たちの作意にもよることなのです。しかし、こんなことで甘っちょろい夢を見せられて、\"嫁にやられる\"悲劇は、私たちのおかあさんの時代だけで終りにしようではありませんか。現代の娘たちは、こんな結婚のしかたからは脱皮しなければなりますまい。二本の柱から始まる建設事業は、とてもきびしいものだということを、まずよく知ってこれにとりかかるだけの認識をもっていなければ、ほんとうの結婚の喜びを味わうことはできないでしょう。


家庭は自己発揮の場所

二本の柱から始まった家に、いろいろな内容が加えつづけられて、はじめて家庭が充実していきます。こうして家庭を営むことは、自分を発揮する場所を与えられたということなのです。自分のもっている力、考えをそこに発表していく世界が得られたということです。アメリカの若い人たちは、このことを小さいときから徹底的に考えています。彼等は自分の育った家庭を非常に誇りに思い、大事にします。そして、やがて自分も大人になったら、すばらしい家庭をつくろうと希望に満ちた夢をもっているそうです。アメリカの若い人たちが結婚相手を見つけることに狂奔しているかのような風説がありますが、実際はこのよい家庭を建設するための理想の相手を、小さいときから本気でさがしているのです。こうして、彼等が家庭をもてば、自分たちのあらゆる力を結集して、夢を実現していきます。日本の社会でも、職場で満足しきって仕事をしている男性が何人いるでしょうか。思う存分に自分の力を発揮しようとしても、職場では周囲からはばまれ、曲げられ、また力を出してみても、受け入れられないのが現代の社会です。それは、今の社会が、個人の力ではなく大ぜいの力の結集で運営きれているからです。職場で思う存分のことができない場合、思う存分のことができるのは、家庭よりほかにありません。つまりは、家庭ほどよいところはないはずです。私たちも、アメリカの夫婦のように、熱心に家庭づくりをし、また、その結果を誇りにもし、たいせつに育てていくべきではないでしょうか。まにあわせと寄りかかり日本では、まだまだ対社会に重きをおき、家庭をまにあわせと考える傾向が多少残っているのは残念です。特に男性の考え方の中に、職場オンリーのような気持が強いのではないでしょうか。一方、女性は家庭を自分の世界と思い、家庭をたいせつにする気持は強いのです。しかし、どうも家庭づくりに切実な実感をもっていないようです。妻はどうしてか、夫に寄りかかろうとする、依存したい気持を強く現わします。女性が、長い歴史の中で、経済力をもつことができなかったというところにも、この原因がありましょう。村山リウさんの意見では、女性の育ち方の中にも、この原因があるというのです。つまり女性は、結婚するまで家を離れたこどがない。一人ぼっちで孤独感を味わう時期がない。その点男性は、学生時代もその後も下宿などにいて、親もとを離れて暮らすことが多く、孤独を味わう時期が多い。だから人を求める気持が、女性より強い、そこに\"きょうから二人きりで家庭をつくるのだ\"という切実な気持が、強くわいてくるのではないか、というのです。いずれにしろ、二人で家庭をつくっていくという切実感をもって、二人の能力を注ぎ込んでいくのが、新しい家庭づくりの考え方でしょう。新しい結婚の意味も、ここにあるの、だと思います。